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2008年10月08日
嘉納治五郎の「武道精神」を忘れた男
今週始め、北京五輪柔道の金メダリスト石井慧選手が突如、総合格闘技へ転向すると報道された。石井選手といえば度重なる放言で物議をかもし、柔道界のみならず、スポーツ界では非難されていた。
どうもこの選手は武道でも礼節が厳しい柔道界において修行したわりには、礼節をわきまえない人間であるようだ。特に五輪後のインタビューで「優勝できたのは皆さんの応援のおかげではなく、自分の才能のおかげです」と言い放ったのには驚いた。いったいこの人間を何様だと言いたい。おそらくこれを聞いた国民の大方は不愉快になったのではないか。たしかに21歳と若いだけに自由奔放に言動することは、本人にとってはいいことかもしれないが、周りはあまり気分がよくないのではないだろうか。
奇しくも他に同じ人間が二人いる。一人は大相撲の横綱朝青龍、それにボクシングの亀田興毅選手である。三人の共通点は育てた父親に問題があることだ。「強ければいいんだ、礼儀なんてどうでもいい」という考え方が彼たちの正論となってまかり通っているようだ。ましてや大相撲や柔道は国技である。そのため武士道精神が厳しく教えられ、人間形成において礼節を重んじる道である。それが“心・技・体”につながって、その道の最高位を極める。そのことを忘れては問題がある。このままでは三者ともいずれ社会の半端者になり、見向きもされない状況に陥っていくのではないか。昔から親の背中をみて育つという言葉があるように親、特に父親は教育に責任を持ってルールある社会に通用する人間をつくってほしいものだと願うばかりである。
話題シリーズ(37)
投稿者 drnakashima : 2008年10月08日 10:06
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